イスタンブールで知っておきたいルメリ要塞の秘密9選

オスマン帝国には、世界に名を残した優れたスルタンが何人もいました。その代表格が、イスタンブール(Istanbul)を征服した若き皇帝、ファーティフ・スルタン・メフメト(Fatih Sultan Mehmet、メフメト2世)です。征服そのものの巧みさもさることながら、その前段として築かせたルメリ要塞(Rumeli Hisarı)にも、彼の知性と創造力がよく表れています。
住所:Yahya Kemal Caddesi, Rumelihisarı, Sarıyer, İstanbul/アクセス:ボスポラス海峡(Bosphorus)沿い、ベシクタシュ(Beşiktaş)方面からバスで約25〜30分の「ルメリヒサル(Rumelihisarı)」バス停、または定期船でルメリヒサル桟橋下車後、徒歩数分/注意点:敷地内は石段や急な坂が多く、手すりのない区間もあるため歩きやすい靴での訪問をおすすめします。
1. イスタンブールのルメリ要塞は1452年着工

伝承によると、ルメリ要塞(Rumeli Hisarı)の建設は、ファーティフ・スルタン・メフメトの命により1452年に始まりました。イスタンブール征服(1453年)のわずか1年前のことです。
2. 北からの援軍を海峡で断つための要塞

建設の目的は、イスタンブール征服に先立ち、ボスポラス海峡の北側から到着しうる援軍や物資の輸送を断つことにあったと言われています。選ばれたのは、海峡で最も狭い地点です。意外にも、両岸の距離はわずか660メートルほどしかありません。この近さこそが、狙いを物語っています。
現地では、両岸の位置関係を意識すると全体像がつかみやすくなります。ヨーロッパ側に立つのがルメリ要塞、対岸のアジア側で向かい合うのがアナドル要塞(Anadolu Hisarı)です。地図で眺めるより、要塞の高い位置から対岸を見渡したほうが、海峡の狭さは実感しやすいものです。
3. スルタン自身も石を運んだという逸話が残る

当時、建設中のルメリ要塞では、メフメト2世自身も石を運んだという逸話が伝わっています。
建築を取りまとめたのはムスリヒッディン・アー(Muslihiddin Ağa)とされ、およそ6,000人の労働者が動員されました。一方、TDVイスラーム百科事典によると、同時代のビザンツの歴史家ドゥカス(Dukas)は、3つの大塔の建設をそれぞれ3人のパシャ(高官)に任せたと記しています。誰が建設を率いたのかは、資料によって記述が分かれているのが実情です。
4. 6,000人が昼夜を問わず132日で築いた

6,000人の労働者が昼夜を問わず作業を続け、ルメリ要塞は132日間という短期間で完成したと伝えられています。トルコ文化観光省の博物館公式サイトによれば、着工は1452年3月、完成は同年8月です。日数には諸説ありますが、数か月で築かれたという点は各資料に共通します。こうして海峡北側からの襲撃の危険は早期に取り除かれ、翌年の征服に向けた地盤が整ったとされています。
5. ファーティフの知略を示す最大の証のひとつ

ルメリ要塞は、ファーティフ・スルタン・メフメトがどれほど優れた戦略家であったかを示す、代表的な遺構のひとつと言えるでしょう。短期間で完成したこと自体が、周到な計画性の表れです。
6. 132日という工期に込められた意味

スルタンは、工期をちょうど132日にするよう計画したとも言われています。なぜ132日だったのでしょうか。古くからの文字数占い(エブジェド計算)では、この数字が「ムハンマド(Muhammed)」という語に対応するから、という説があります。トルコでは今も語り継がれている逸話のひとつです。
7. 上から見ると現れる「署名」の伝説

ルメリ要塞を上から眺めると、自身の名の由来と、イスタンブール征服を預言したとされるハディース(預言者ムハンマドの言行録)に登場するムハンマドの名を同時に象徴する「署名」が隠れている、という言い伝えがあります。
真偽は定かではありませんが、要塞を訪れる際の楽しみのひとつとして語られています。
8. 海側上空約500メートルから読める文字

この「署名」は、海側から高度およそ500メートルの地点から見たとき、クーフィー体(Hattı-Küfi、アラビア文字の古い書体)で「ムハンマド」と読めるとされています。城壁のどこかに文字が刻まれているわけではありません。建物の配置そのものが文字の形をなしている、という説です。そのため地上を歩いても気づくことは難しく、飛行機や高所から撮影した写真でなければ確認しづらいと言われています。
9. 歴史家エンヴェリーが詩に描いた要塞

当時の歴史家エンヴェリー(Enveri)は、自身の叙事詩『ドゥストゥルナーメ(Düsturname)』の中でルメリ要塞に触れています。大意は、「世界にこれほど壮麗な城は見たことがない。巨大な大砲を備え、船も、ハエ一匹さえも城の砲火を逃れて通り過ぎることはできない」といった、要塞の威容と防御力を称える内容です。海峡で最も狭い地点が選ばれた理由が、この一節からもうかがえます。古いオスマン語の韻文のため、正確な逐語訳ではなく大意での紹介としています。
参考リンク:Wikipedia: Rumelihisarı(英語)/トルコ文化観光省 博物館公式サイト:ルメリ要塞博物館/TDVイスラーム百科事典「Rumelihisarı」(トルコ語)




















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